新祝祭ロゴができるまで──クリエイターと「自分たちのしるし」をつくる恊働プロジェクトの全記録

2022年8月、京都新祝祭管弦楽団はロゴマークを新しく制定しました。そこで今回、ロゴ制定プロジェクトを率いた新祝祭メンバー・しらすななつと、ロゴマークのデザインを引き受けてくださった京都在住のデザイナー・MORSEさんに、楽団ロゴができあがるまでのお話を伺います。

楽団のアイデンティティを言語化し、デザイナーとともに自分たちのシンボルをつくりあげた数ヶ月。そのプロセスや苦労話、新たに得た気づきなど、幅広く語っていただきました。

MORSE(モールス):フランス生まれ。京都を拠点に、デザインやアートディレクションなどを幅広く手がける。幼少期、自宅にあった昔話の本をきっかけに日本に興味を持ち、高校時代から日本語を独学、大学時代には休暇のたびに来日し、日本文化の理解を深めた。母国の大学でデザイン学を修めたあとすぐに京都に移り住み、着物や日本文化に関わる企業でインハウスデザイナーを務めたのち、独立。今年で京都在住8年目。

しらす ななつ:京都新祝祭管弦楽団でホルンパートを担当すると同時に、運営メンバーとしても活動し、楽団を支えている。今回のロゴマーク制定では、プロジェクトの発起人かつリーダーとして、運営チームやデザイナー、音楽監督などあらゆる関係者とやり取りしながらプロジェクトを遂行した。

目次

楽団のあり方を伝え、分かち合うためのシンボルがほしい

── 今回のロゴマーク制定プロジェクトは、どのような経緯で立ち上がったのですか?

しらす:運営チームの中で「今年で創立10周年だし、何か特別なことがしたいね」という話が出たとき、私から「ロゴを作りませんか」と提案したのが始まりです。

次の10年に向けて、対外的なコミュニケーションのためにはもちろんのこと、楽団としてのチーム力を高めるためにも、シンボルとなるものが必要だと思ったんです。「自分たちはこういうオーケストラなんだ」と思えるようなものが。

提案の結果、運営チームでも賛同の声が多かったので、デザイナーとしてMORSEさんを推薦しました。MORSEさんとは、職場の同じチームで働いたことがあり、信頼できるデザイナーであることはわかっていました。それだけでなく、彼女は新祝祭の公演にも来てくれたことがあって。団のコンセプトや演奏にとても共感してくれていたので、適任だと思ったんです。

しらすさん(左)、MORSEさん(右)

MORSE:もともとオーケストラの演奏を聴くのが大好きで、京都新祝祭管弦楽団のコンサートにも、これまで何度か伺っています。

中でも特に心に残っているのは、2020年に京都府民ホールALTIで聴いた「新祝祭のベートーヴェン」です。エネルギッシュな演奏を生で聴くことができて、深く感動しました。今回はそんなオーケストラのデザインプロジェクトということで、喜んで引き受けました。

── それで出来上がったのがこのデザインですね。コンセプトを教えてください。

完成したシンボルマークとロゴタイプ

MORSE:音符と音符をつなげたかたちで、人と人が音楽を介してつながるようすを表しています。京都新祝祭管弦楽団には、プロやアマチュア、音大生や一般大生など、いろいろな立場の方がいらっしゃると聞いて、多様な人々が手を取り合って歩むイメージで仕上げました。そのつながりが永遠に続くことを願い、無限記号(∞)のような曲線も取り入れています。

もうひとつのモチーフは「F」で、「フェスティバル(英語:festival)」と「フォルテ(イタリア語:forte)」に由来します。フェスティバルは、楽団の名称から。フォルテは、人々が力を合わせることで得られる力強さや、豊かな広がりをイメージしています。そして、それらのモチーフを組紐(くみひも)のような形でまとめることで、楽団の拠点である京都らしさも表現しました。

しらす:組紐をイメージしたと聞いたときに、以前同じ職場で働いていたときのことを思い出しました。MORSEさん、組紐職人さんの工房に見学に行っていたことがあるじゃない? あのとき見たことが、もしかしたら活きているのかなあって。

MORSE:懐かしい! 確かに、今まで見てきたことの蓄積が、デザインに反映されているのかも。

しらす:MORSEさんは、フランスと日本という二つの文化を知っているからこそ、日本や京都のことを客観的に見られる人だなあとずっと思っているんです。だから今回、彼女の視点から日本らしさ・京都らしさを取り入れてくれたことも、すごく嬉しく思います。

オーケストラの音を「見た」ことで、点と点がつながった

── 最初の依頼から、実際にデザインができあがるまでのプロセスを教えてください。

しらす:最初に、運営チームで依頼内容をまとめました。新祝祭を表すキーワードをみんなで挙げて、これからどんなオーケストラでありたいかを話し合って……普段の運営で、こうして自分たちのことを考える時間はなかなか取れません。ロゴ制定をきっかけに、団の魅力やビジョンを話し合うことができ、とてもいい機会になったと思います。

もちろん、希望するデザインの方向性についても話し合いました。音楽監督と運営メンバーで、国内外のオーケストラのロゴマークをいろいろ見て、好みのテイストを絞り込んだりもしましたね。そういった内容をMORSEさんに共有しました。

当時の運営会議の議事録(一部)

MORSE:これまでも楽団の話は聞いていたし、演奏会にも伺って自分なりのイメージはありましたが、みなさんのイメージを共有していただいたことで、アイデアが浮かびやすくなりました。それとしらすさん、実際に演奏に使う楽譜を渡してくれたよね。あれ、すごく嬉しかった。

しらす:たしか、次回のコンサートで演奏するラフマニノフのピアノ協奏曲第2番のパート譜を渡したんだっけ。MORSEさん、譜面を見てすごく驚いていたよね。

MORSE:フランス時代から仲の良い友人のお父さんが指揮者だったこともあって、オーケストラの「音」自体には昔から親しんできました。でも、オーケストラで使われる楽譜を見たことはなかった。つまり今回、楽譜を渡してもらったことで、初めてオーケストラの音を「見る」ことができたんです。

本物の楽譜を手にとって、まじまじと見てみると、いろんな発見がありました。まず、音符は「まん丸」じゃないんですね。少し横に長い、楕円形をしている。そして、いろいろな指示記号にも目を奪われました。中でも目を引いたのが「f(フォルテ)」です。

f」のかたちを見た時、運営チームからの依頼書の中で、団を表すキーワードに「祝祭」があったことを思い出しました。「祝祭=festival」、このワードは大切にしたいと最初からずっと考えていたんです。今、その頭文字と同じ「f」という文字が、楽譜の上にある! 点と点が繋がった瞬間でした。そこから、一気にアイデアがふくらみましたね。

MORSEさんのデザインノート。「f」や音符、五線譜などのモチーフが見られる

しらす:その後、MORSEさんからラフ段階のスケッチを見せてもらい、二人でミーティングを行いました。私からは、「これは近いかも」「これはちょっと違うかも」と、かなりふわっとした印象だけ伝えて。音楽監督の人柄とか、本当に抽象的な話だけをしたよね。

MORSE:私からすると、ふわっとした印象だけを言ってもらえたのがありがたかったですね。ラフ段階でクライアントに構想を共有すると、まだ完成形ではないのに細かいところに話が及んでしまって、迷走してしまうこともあるんです。

しらす:一緒に働いていたときの経験が活きたかもしれません。MORSEさんがこの段階でどんな情報を求めているのか、なんとなくわかるんですよね。

それから本格的にデザインを進めてもらい、8月の初頭に正式な提案をもらいました。最初は2案をお願いしていたんですが、蓋を開けてみると3つも案があったんですよ。

MORSE:2つのデザインを完成させて、提案用にファイルを書き出して、パソコンを閉じたあと、「あれ、なんか足りない気がする」と思って……それでもう一度パソコンを開いて、デザインしたのが3つ目の案です。その3つ目を、採用していただいたんですよね。

しらす:本当にすごいことだよね。もう一度パソコンを開いてくれてありがとう!

話し合いの過程で気づいた、デザインと音楽の意外な共通点

── その後、どのように完成形までたどりついたのですか?

しらす:正式な提案を受けて、運営チームと音楽監督とで会議を開き、それぞれの案をどう感じるか、修正してほしいポイントはあるかを話し合いました。

このプロセスは、なかなか大変だったかもしれません。MORSEさんは「これで完璧だ」という形にデザインしてくれているはずだと思いました。でも、「自分たちにぴったりだ」と思えるロゴマークに仕上げるためには、楽団側から希望を言うことも必要なはずです。

私たち新祝祭のメンバーにとっても、デザイナーさんにとっても、納得できるデザインに仕上げたい。そのためにどういったコミュニケーションを取ればいいか、悩みました。

MORSE:たしかに初回提案後の調整は、苦労するプロセスのひとつです。デザイナーとしては、これ以上調整しようがないかたちで初回から提案しますが、クライアントさんにもイメージがありますから、すり合わせが必要になります。

「ここはもうちょっとこうしてほしい」と細かい希望をいただいて修正して、うまくいくこともありますが、「やっぱり最初の案のほうがよかった」と言われることも少なくないんですよね。

しらす:運営会議でも、線の太さやフォントなど、デザインの細かい部分に話が及んだ場面があって……そういう希望を出したい気持ちは、依頼者としてとてもわかる。でもMORSEさんはたぶん、そういうことは全部考えてデザインされてるはずで、どうしよう! と思いました。

そのとき湯浅音楽監督が、一言おっしゃいました。「デザイナーさんはデザインのプロ。一つひとつの線、フォント、すべてに理由があってこのデザインになっているんじゃないでしょうか」と。

京都新祝祭管弦楽団 音楽監督 湯浅篤史

しらす:その言葉を聞いて私は、デザインと音楽には共通する部分があるのかもしれないと思ったんです。指揮者として、音楽の全体を考えている湯浅先生だからこそ、デザイナーの感覚がわかるのかな、というか……

MORSE:すごい、まさにその通りだと思う!素人が音楽のプロに、理由なく「この部分だけもっと大きく」と言えないのと同じですよね。「こういう音楽が聴きたい」と言うことだけは、できるかもしれないけれど。

しらす:音楽監督の一言をきっかけに運営チームの議論のあり方も変わり、細部に注文をつけるのではなく、「もうちょっとこういう感じがほしい」「可能ならこういうニュアンスを入れられないか」というかたちでの修正依頼にまとまりました。

あれ? すべてが完璧だ! デザイナー自身も驚いた、奇跡の修正案

── それで、スムーズに修正が進んで……?

MORSE:いえ、それが、実はけっこう難しかったんです(笑)

しらす:そうだよね。特に、最終的に採用された3番目の案は、かなり厳格な理論にもとづいてデザインされていると聞いていたので、私も「無理かもしれない」と思いながら、修正をお願いしたんです。

MORSE:3番目については、一番最初からデザインし直したんですよ。ほら、こんなふうに。

第3案修正時のデザイン過程

しらす:そうなの!? じゃあ、修正っていうレベルじゃなかったんだね。

MORSE:最初は本当に、無理かもしれないと思いました。でも、「もう少し動きがほしい」というみなさんの希望の意味をじっくり考えてから、もう一度デザインを組み立て直してみたら……意外なほどすんなりとデザインできてしまったんです。それも、最初の案よりもずっと良いデザインが。

修正前(左)、修正後(右)

MORSE:こんなにもスムーズに、こんなにも良いかたちでデザインを修正できることは、めったにありません。本当に嬉しかったし、自分でもびっくりしてしまいました。「あれ? 完璧だね! 入れたかった要素が全部、もっとも良いかたちで入っている。すべてがパーフェクトだ!」って。

新しいシンボルと共に、熱い愛のこもった演奏を

── この先、京都新祝祭管弦楽団に期待されることはありますか?

MORSE:私は本当に、オーケストラの演奏を生で聴くことが好きです。音楽にもいろいろありますが、私はオーケストラの演奏を聴くときに一番、「人間と音楽との間で愛が生まれている!」と感じるんです。

メンバーの方々が、みんなで一緒に、全力で魂を込めて音楽をつくっているようすに、大きな勇気をもらいます。京都の職人さんが工芸品をつくっているようすを見るときにも、似たような感覚がありますね。

そういう熱いエネルギーを感じられる場が、もっと増えたらいいなと思います。若い人たちにも、もっとオーケストラの本番を見に行って、愛を感じてほしい! 京都新祝祭管弦楽団さんがそんな機会をこれからもたくさん提供してくださったら、それ以上嬉しいことはありません。

しらす:そんなふうに言ってもらえて本当に嬉しいです。新しいロゴマークとともに、音楽のすばらしさをもっとたくさんの人に届けられる楽団になりたいですね。

この先もずっと、京都で制作を続けたいとおっしゃるMORSEさん。いずれは京都の文化とフランスの文化を融合させるようなプロジェクトにも取り組みたいと語ってくださいました。

京都新祝祭管弦楽団は、これからも地域で活動するクリエイターとの連携に積極的に取り組み、文化芸術を通じて地域社会の未来に貢献できるオーケストラを目指します。恊働のご提案も大歓迎です。お問い合わせページから、どうぞお気軽にご連絡ください。

(取材場所:カモガワ アーツ&キッチン

京都新祝祭管弦楽団 第7回定期演奏会

日時:2022年9月18日(日)14:00開演(13:15開場)
会場:八幡市文化センター 大ホール + musemoでのオンライン配信

指揮:湯浅篤史
ピアノ独奏:塩見亮

[プログラム]
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18
マーラー:交響曲第5番 嬰ハ短調

[チケット]
入場料:2,000円(全席自由)※未就学児のご入場はご遠慮ください
ライブ配信:1,000円(10月23日まで何度でもアーカイブ視聴可能)

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